2016年11月30日

死と戯れを感じてどう行動していくのか

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葬儀に参加すると、お清めの塩が渡されます。これには、神道が関係してきます。神道では、死を戯れとして扱うので、これを祓うために行われていた儀式の名残ともいえます。しかし、仏教では、死を戯れとしては扱いません。その為に、これらのことをする必要がないという意見もあります。多くの人が、当たり前のように行っていることですが、それには昔から神道が日本では浸透していたからです。これらを行うかどうかは、個人の判断に任されており、宗派的に行い人もいるのも事実です。

お清めの塩のやり方は、以下のとおりです。実行するのには、玄関を跨ぐ前にする必要があります。玄関に入った後にすると、戯れも一緒に持って帰ってしまうからです。近年では、マンションなどに住んでいる人もおり、周囲の目や共有空間を汚すことになると、玄関の中でしてしまいがちですが、正しいやり方ではありません。共有空間を汚し場合は、すぐに掃除などするなどして、周囲への気遣いを忘れずに、正しい手順に添うようにします。次の手順では、胸から背中へ、背中から足元へと順番を守って行います。

これで、お清めは終わりとなります。家族の間でも、実行するかしないかも別れてしまうことも考えられます。信仰に自由があるように、無理強いするのではなく、違っていることを受け入れていくことも大切です。これは、お互い違った思想や好みを持っていく家族が、争いをせずに、仲良く暮らすのにも役立ちます。